男体日記

男子についてお話します

一般漫画における「ちん描写」③

※本記事は一般漫画における表現について文化的側面から紹介・考察するものであり、性的興奮の喚起や成人向けコンテンツの宣伝を目的としたものではありません。

上の画像のようなデフォルメされた男性器は、修正されることなく一般漫画内で描写されます。

では、デフォルメさえしておけば、どんなちんちんでも描いていいのでしょうか?

最終的には編集者や出版社の判断に委ねられるところが大きいと思いますが、当然、なんでもかんでも描いていいわけではないでしょう。

では、そのアウトとセーフの基準とは、一体何なのでしょうか?

 

筆者個人の見解としては、主に「毛」「露茎」「カリ首」の3つがアウトの基準ではないかと考えています。

ちんちんといえばのコロコロコミックでは、「毛」が明確なアウトの基準として定められているそうです。編集者曰く、「毛が生えていなければ泌尿器」ということなのだそうです。

人間の性機能の発達について考えてみると、陰毛と性器そのものの成熟には直接的な関係は無いように思えます。ちんちんが泌尿器から生殖器になる瞬間というのは、おそらく精通のことを指しているものと思われますが、これが起こるのが陰毛が生え始める時期と(多くの場合)一致するために、「毛が生えていないうちは泌尿器」という基準が生まれたのでしょう。

続いて、露茎。ようは剥けチンのことですが、これも一般の作品では直接的に描写されることはありません。これも、「毛」と同じことでしょう。成熟した性器の特徴と一致するためにNGなのだと思われます。

外国では、宗教上の理由などで、幼少期に露茎の状態になる男性もいます。ユダヤ教の割礼なんかが特に有名ですね。そういう習慣のある国ではデフォルメされた男性器はどのように描写されるのか、気になるトコロです。

最後に、カリ首。亀○のふくらみ。一般に、性器が成熟してくると亀○がふっくらと膨らんできて、性器にくびれのような部分が出現します。結局は、これも前2つと同じことです。アルファベットの「U」のように、凹凸のないつるっとした形であることが求められます。

 

以上が、筆者の考えるちん描写NG三要素です。

逆に言えば、これらの要素を含んでさえいなければ、「生殖器」ではければおかしい年頃のキャラのモノが描写されるケースが度々見られます。以前の記事で紹介した『おれはキャプテン』という作品。この漫画の主人公は中学生ですが、漫画内ではモロ出しシーンがあります。モロなので画像は省略しますが、肝心なトコロの特徴としては、この記事で言う所の④に近い形で、無毛の状態。しかし、大きさはそこそこで、それなりに成熟を感じられます。というか、年齢的に成熟していた方が自然ではありますが、これはセーフだったようです。21世紀の作品であるにもかかわらず。

そういうわけで、一般漫画、中でも少年向けであるにも関わらず、このアウト要素を含むちんちんがあった場合は、大変貴重ですから大事になさってください。

CFNMについて その⑨ 年齢差CFNM

以前、思春期少年のCFNMシチュエーションが一番迫力があるというようなことを書きました。ほかにも、年寄りになるほど、自分の裸体に対して羞恥を覚えなくなる、という記事も書きました。

そういうわけで、CFNMにおいて、年齢というのは非常に重要です。男子のリアクションもそうですし、裸体そのものが持つ魅力という観点からも。

そして、CFNMシチュエーションにおいては、男子だけでなく女子の側の年齢も重要なポイントです。年下、年上の場合それぞれについて考えてみたいと思います。

 

年下編

想像しやすいのが、部活動での先輩後輩の関係。現実でも創作でも、先輩というのは、後輩のお手本となるべきであり、後輩の目標となる人物であり、憧れの人であります。そんな後輩からすれば「すごい人」である先輩。そんな先輩が裸体を晒すシチュエーションを考えてみます。

憧れている人の裸体とあらば、見てはいけないと思いつつも見てしまうのがお約束。そして、まじまじと見られてしまい、恥ずかしい思いをする男子というのも定番ですね。

そのとき、アソコが貧相だった場合。あれだけ尊敬していた先輩のアソコが自分の想像よりも劣っていたとき。これまで描いていた憧れのイメージ像が完膚なきまでに破壊される瞬間。「上げて落とす」というのは、男性羞恥モノの定番でありますが、まさにそのお手本のような展開です。

これまで慕われていたはずの後輩からの態度が豹変し、自分のオスとしての、先輩としての尊厳を踏みにじられる。年下であり、立場が下であるはずの人間に辱められるというのは、まさに倒錯の極み。

この年齢差が男子の情けなさを増幅させ、かわいらしさを演出しており、非常に萌えです。まさに、年功序列社会が生み出したフェティシズム

 

裸体を見てしまっても憧れの気持ちは変わらない場合。こうなると、CFNMにおける羞恥の主体は、男子ではなく女子になります。創作においては、女子のほうが年下の場合、「初めて見た」という背景が語られることが多いです。つまり、「うぶ」であることの表現として、CFNMシーンが用いられています。

男子の下半身を見せつけられるというシチュエーションは言ってしまえば単なる下ネタですが、それが展開によっては逆に、かわいい系キャラ・後輩系キャラに求められる「清純さ」「処女性」を演出する場面になり得るのです。

 

年上編

反対に、女子の側が年上の場合。創作物においては、やはり年上の方が経験豊富というイメージが強いので、ちんちんを見せつけられても余裕のある対応をするのが一般的です。実際の大きさがどうであれ、「ちっさ」「かわいい」など、SPH的なリアクションをとるのもお約束です。また、年下である場合に比べて、拒絶や幻滅のような反応をとることが少なく、包容力でもって受け入れるような展開も少なくありません。これは、年上キャラに求められる「母性」や「余裕」を表現するためであり、そのキャラの個性や魅力を引き立たせる意図があるものと思われます。

女子が年下の場合、裸を見られた男子の惨めさや情けなさがより映えるものでありましたが、こちらの場合は、ストレートに男子の「かわいらしさ」を引き立たせるものであると言えます。そのため、どちらかと言えば、万人受けするのは後者でしょう。だから、世の中には「おねショタ」ものが一般向け成人向け問わず氾濫しているのだと思われます。

 

CFNMというと、裸や性器が関係している以上、ただ性的なシチュエーションとして捉えてしまいがちですが、こと一般漫画においては、性的な意図とは別にキャラクター性の確立という重要な働きを担っています。そういう意味では、CFNMシーンに注目しながら漫画を読み進めることは、より深くその作品の世界に没入し、ストーリーやキャラクター相関をよく理解するという意味では、あながち間違っていないのかもしれませんね。

 

 

※お知らせ

今回で連続投稿69日目ということで、毎日投稿は終了します。

次回からは不定期更新になります。

ブリーフ萌えを考える

男子の下着、ブリーフ。

現代の若者は、この下着に「恥ずかしい」という負のイメージを抱きがちです。しかし、世の中には、この下着に多大なる萌えを見出す人も多く存在します。

一体、何が萌えなのでしょうか。

そのもっさりとしたデザインが萌えだという人、「ダサい」こと自体に萌えるという人がいます。アニメや漫画の「萌え」を意識して作られたと思われるキャラクターにも、ファッションセンスが無いことが萌え要素の一つと説明されることが多々ありますから、こうした感覚自体はそれほど珍しいことではないのかもしれません。

ほかには、ブリーフが持っている「少年っぽさ」に萌えを見出すという意見も散見されます。ブリーフといえば、年少の男子が身に着けている下着の定番。おそらく大半の男子にとって、オムツが外れてから最初に穿いたパンツといえば白のブリーフでしょう。そういうわけで、ブリーフ=少年という等式が多くの人に根付いているものと思われます。こう考えると、多くの少年萌えの人々がブリーフに魅力を感じるのは、ある意味当然であると言えるかもしれません。

 

筆者個人としては、ブリーフそのものというより、「ブリーフから他の下着への乗り換え」というイベントに対して萌えを感じます。

ふつう、幼少期は親が買ってきた下着を身に着けます。そして、小学校高学年~中学生あたりになってくると、自分で選んで購入するようになります。ブリーフからトランクス・ボクサーに切り替わる時期もこの辺り。いわば自立の瞬間。大人への第一歩。

そして、この時期と共に訪れるのが「性の目覚め」そして「思春期の始まり」。ブリーフから他の下着への乗り換えは、その行為自体が少年の「男としての目覚め」を感じさせてくれます。

 

そして、それは同時に「少年性」の喪失も意味します。少年の少年らしさそのものに萌える、という方にとっては、やはりブリーフを失うことはフェチ的魅力の喪失に他ならないでしょう。しかし私にとっては逆に、少年が男になる瞬間の変化がたまらなく愛おしいのです。

 

一般漫画における「ちん描写」②

※本記事は一般漫画における表現について文化的側面から紹介・考察するものであり、性的興奮の喚起や成人向けコンテンツの宣伝を目的としたものではありません。

前回、一般漫画におけるデフォルメされたちんちんを紹介しました。今回は、どういった漫画にこうしたちんちんが見られるかを解説していきます。

 

年少型

デフォルメされたちんちんといえば、(U)のような形。一般に、コロコロコミック的なちんちんと言われると、コレを思い浮かべる方が多いと思います。数年前にコロコロコミックで実施された「うんこ・ちんちん総選挙」におけるちんちんのイメージイラストも、この形でした。

そういうわけで、このデザインは、今日においてはちんちん、ひいては男の子のアイコンと言っても過言ではない地位を確立しているわけです。具体例を挙げるとなるとキリがないレベルで様々な少年漫画に登場します。コロコロだけでなく、ジャンプ、マガジン、チャンピオンといった漫画でも。規制が昔より厳しくなった近年においても、今なお前線バリバリで活躍しているちんちんです。

中には、常にこのタイプのちんちんが出っぱなしのキャラクターというのも存在します。コロコロだと、『ド根性小学生ボン・ビー太』、ジャンプだと『花さか天使テンテンくん』『べるぜバブ』『いぬまるだしっ』などなど。いずれもデフォルメがかなり強いキャラクターでありますが、それでも、こんな設定が許されるのは、このデザインあってのことでしょう。

もはや、この(U)型のちんちんは『男性器』ではありません。以前の記事で、コロコロコミック編集部が「毛の生えていないちんちんは性器ではなく泌尿器」という見解を示したことを紹介しましたが、このちんちんはまさにそのスタンスを体現していると言えるでしょう。

 

年長型

見た目の上では誤差の範囲ですが、ちんちん部分が玉よりも長い場合もあります。これだけの差なので、同じ作品の中に①と②が混在する場合もあります。しかし、この長さの差が、ちんちんの持つ属性を大きく決定づけていることがあります。

このタイプのちんちんが出てくる作品は、少年誌というよりは青年誌、少々アダルティックで過激な下ネタが繰り広げられるタイプのギャグ漫画が多いです。たとえば『えの素』。この漫画ではオッサンのちんちん(作中ではチムコと呼称される)が大量に登場しますが、基本的に玉よりも「本体」が長いデザインで登場します。そして、デフォルメされてはいますが射○したり、○起したりする場面も多々あります。つまり、このちんちんは①とは異なり、「泌尿器」ではなく「男性器」を模したシロモノであると言えます。

 

残りの3つ

これらのちんちんは、(U)がちんちんの定番となる以前によく使われていたちんちんです。巾着型のちんちんは、コロコロというよりはボンボンの漫画でよく見られました。

左下の流線形ちんちんは、古い漫画に多く見られます。筆者的には、この形を見ると手塚治虫の漫画に出てくるちんちんを思い出します。ちんちんをギャグや卑猥なものとしてではなく、自然なもの、そこにあって然るべきものとして、包み隠さず描いた巨匠の意匠が感じ取れるデザインではないでしょうか。

右下のちんちんは、(U)のような形が確立する前のコロコロコミックでよく見られました。洗練されていない、無骨な感じがかわいらしいデザインだと思います。

一般漫画における「ちん描写」①

※本記事は一般漫画における表現について文化的側面から紹介・考察するものであり、性的興奮の喚起や成人向けコンテンツの宣伝を目的としたものではありません。

 

少年漫画や少女漫画などの一般向け作品においては、性器が直接的に描写されることはありません。もはや、性器の描写の有無が成人向け/非成人向けを区別していると言っても過言ではありません。そもそも日本においては、性器をボカシなどの修正なしで出版物に掲載することは、たとえ二次元であっても許されておらず、直接的な性器の描写自体不可能な状態にあります。

 

 

本当にそうでしょうか?

コロコロコミックを思い出してみてください。みなさん、一度は(U)のような形のちんちんを目にしたことがあるはずです。

今回は、一般漫画における性器の描写、とりわけ男性器の描写についてです。

 

・無修正

デフォルメされたものであれば、それ自体修正と見なされるためか、それとも性器として扱われないためか、理屈は不明ですが、修正なしで描写されることが多々あります。一例を挙げると、このようなものがあります。

 

デフォルメちん5類型


思いつく限りの、少年漫画でよく見かける形を書き並べてみました。この記事では、これらの形を、左上から順に「年少型」「年長型」「巾着型」「流線型」「松型」と呼称します。

まず、それぞれの形について見ていきましょう。

 

①年少型

ちんちんといえばコレ。「男性器」を一切感じさせないフォルムは世紀の大発明と言えます。男子のちんちんを、ギャグのためだけに存在する小道具たらしめたのは、このデザインあってこそだと思います。

今さら説明するまでもありませんが、後ろの円が玉、前の円(弧)がちんちんを表しています。玉よりも本体が小さく、その円の中に収まっている形からは、どこか安心感を感じます。

 

②年長型

①より本体が長く、後ろの玉からはみ出ています。大ぶり。

こちらもギャグ表現としてのちんちん描写の代表例であり、同一作品内で①②の両方が使われることも多々あります。見た目には完全に誤差レベルですが、どちらかと言うと、こちらの方が年長という印象を受けます。つまり、①よりも「男性器」を感じさせます。単純な曲線のみで構成されているとはいえ、このフォルムがボロンと出てくると少しドキっとしますね。とはいえ、実際にその機能を発揮することは、一般向けである以上は無いのですが。

 

③巾着型

フォルム的な面白さで言えばこれが一番だと思います。先端の割れている部分は、おそらく皮あまり。コレを描写してしまっている時点で、デフォルメ度がかなり低くなっており、一般向け漫画で描写するには危うい気がします。しかし、裏を返せば、本体が完全に頭までスッポリと被っている状態を表しているため、「性器」としての役割を果たさないことを約束しており、むしろ健全であると言えるでしょう。

 

④流線型

横から見たときの形で描かれることが多いですが、正面を向いて下向きになっているものも。一筆書きで流れるように描かれているものが多いです。そのため、ギャグの道具という意図もなければそれを「性器」として描写しているという印象は受けず、単なる体の一部としてちんちんが描写されているように見受けられます。

 

松型

松のマークをひっくり返したような形のちんちん。特徴は、玉の部分。これまでひとつの半円で表現されていたものが、二つの円形で表現されるようになり、より二対の存在を印象付けています。ちんちんというよりは、玉の面白さを引き立たせるフォルムであると言えます。

 

次回は、これらのちんちんが、どのような作品で使われているかを見ていきます。

~徹底考察~ なぜ男の子はブリーフを恥ずかしがるのか?④

これまで、ブリーフの持つ属性に注目しながら、なぜ男子にとってブリーフは恥ずかしいものなのかについて考察してきました。しかし、実際のところは、別に、ブリーフが白いからとか、大人から与えられたものだからとか、事件の犯人が身に着けていたからとか、そういう理由でブリーフを卒業していったわけではなかったはずです。もっと単純に、「そういうものだから」という漠然とした理由で、トランクスやボクサーに乗り換えたのではないでしょうか?

つまり、世の中の男子に共通して、「ブリーフは卒業するもの」という認識が確立しているのではないかと思います。

では、なぜそのような認識が強固なものとなり、多くの男子にブリーフを捨て、トランクスを穿かせるという行動に走らせるたのでしょうか?

一言で言うと、「ブリーフを穿いているといじめられる、バカにされる」という常識が、男の子たちの間であるためではないでしょうか。

子どもの社会というのは大人からは認識しづらいもので、その社会の中の常識、何が良くて何が悪いかの価値観は、一般的な社会通念を大きく逸脱したものであることも多々あります。それは、大人になった皆さんも一度は通った道であると思います。

ブリーフ=悪、なんていうことを教えた大人は、おそらく誰もいません。しかし、子どもたちのコミュニティの中では、ブリーフは悪とされたのです。その理由は、おそらく最初は、①~③の記事内で考察したような内容が発端だったのでしょう。しかし、時間が経てば理由なんてどうでもよくなるもので、ただ単純に「ブリーフ=ダサい、穿いてるといじめられる」という認識だけが最終的に残ったのでしょう。

よく似た話はいくつもあります。ネット上で有名なのが「ランランルー」。これは、マクドナルドのマスコットキャラクターであるドナルド・マクドナルドが「嬉しくなるとついやっちゃう」掛け声、リアクションのようなものであり、もちろん悪い意味は微塵もありません。ところが、この言葉は一時期、多くの小学校において悪意のある言葉として用いられていたそうです。

そして、その理由については、多くの人が研究・考察を行っているものの、未だ謎のまま。ランランルーがなぜ他者攻撃の言葉であるかの理由付けは子どもたちにとってはどうでもよく、ただ悪口として面白かったから広まったのでしょう。

ここまでブリーフ否定派が多い理由について考察してきましたが、筆者も含め、男子がブリーフを恥ずかしいと思うことには、実際には深い意味や理由は無いのかもしれません。ただ、男子のコミュニティ内で長い時間をかけて醸成された常識を、我々の世代、そしてその次の世代が脈々と受け継いだ結果、ブリーフ=恥という認識が多くの男子に共有されるものとなったのでしょう。

~徹底考察~ なぜ男の子はブリーフを恥ずかしがるのか?③

テレビのお笑い番組なんかを見ていると、ブリーフ一丁になるギャグが度々登場します。下ネタが自粛された現代においても、結構な頻度で見かけます。

つまり、ブリーフ一丁=面白いという構図が出来上がっているのです。

同じパンツであっても、トランクスやボクサーでは、ここまで面白くなりません。なぜブリーフだと面白いのでしょうか。その答えは、ブリーフが「変だから」に他なりません。

しかし、下着としてはブリーフはかなり一般的なものであり、それこそブーメランやビキニ、マンキニのような特殊な下着の方が「変」なはずであり、ネタとしても使いやすいはず。でも、白のブリーフこそが、ネタ下着の王者として君臨し続けているのです。

筆者のような平成生まれの若い世代は、こういうネタをテレビやマンガなんかで見て、ブリーフ一丁=面白い、変だという価値観を身に着けます。では、いつからブリーフがおかしなものとして扱われるようになったのでしょうか?

調べてみると、日本では、男子は戦後から、現代のようなパンツを穿くようになり、それまで主流だったふんどしや猿股(ももひきの短いバージョンみたいな下着)に代わって広まったのがブリーフだったようです。つまり、その時点においては、ブリーフはイマドキの若者ファッションの一つであり、オシャレでかっこいいものとして扱われていたのです。そのため、当時若者だった世代、今でいう70代以上の人であれば、未だにブリーフを着用している人も少なくありません。

ブリーフの時代は意外と長く続き、少なくとも80年代に入るまでは、ブリーフが面白下着であるという風潮は無かったようです。そのため、ドラマや漫画におけるハンサムキャラもクールガイも、平気でブリーフ姿を披露します。『ゴルゴ13』のゴルゴがブリーフ派であるというのはあまりにも有名な話。

ところが、昭和も終わりごろに差し掛かる1981年に、ある事件が起こります。「深川通り魔殺人事件」です。覚醒剤を濫用していた男が、路上で通行人を次々と刺し殺し、その後立てこもったというものであり、当時日本中から大注目されていた事件です。

ここまではただ恐ろしいばかりの重大事件の内容ですが、問題はここから。この犯人、最終的に捕らえられて警察に連行されるわけですが、その際の恰好が「白ブリーフ一丁に白のハイソックス、そして猿ぐつわ」というものでありました。どうやら、犯人が自殺できないようにするための処置だったようです。

ところが、この姿が日本中に与えたインパクトはかなりのものだったようです。清潔感の象徴でもあった白のブリーフは、犯罪者、狂人、変質者というイメージで汚されてしまったのです。今風に言うと、まさに風評被害ですね。

猿ぐつわをかまされて連行される姿もよくなかった。世の中の人間は、白ブリーフ=情けないという印象を抱いたことでしょう。今でもよく見かける「白ブリーフに靴下だけの変態」「SMのマゾ男のファッションとしてのブリーフ」のイメージは、ここから始まったものと考えられます。

もう一つ、ブリーフの地位を下げた要因としては、トランクスの登場があります。トランクスは日本では70年代中頃から普及し始めたようですが、この時点ではまだブリーフが主流だったようです。

それでも、トランクス市場は徐々に拡大しつつあったようです。そこに、先述の事件の影響があってか、もしくは、単純に後発の下着であるトランクスの方がより「イマドキ」であり「カッコいい」と判断されたためか、ブリーフから他の下着に乗り換える男子が増え、結果的にトランクスは男子の人気下着の地位を確立したのです。

そう考えると、ブリーフが恥ずかしいものになったことは、不運が重なった結果と言えるかもしれません。もっとも、この事件が無くとも、トランクスやボクサーの台頭によって、ブリーフは古臭いもの、ダサイものというイメージはついたかもしれません。しかし、今のように、「大人の白ブリーフ一丁=変態、異常者」といったような価値観が形成されるには至らなかったことでしょう。